もしかすると、ベートーヴェンの交響曲のなかで、演奏者の人生観が一番おのずとにじみ出るのが、この《田園》ではないだろうか。この曲は、美しい自然を忠実に描写しているようでいて、実は人間の感情が反映された風景を表しているからだ。もともと風景自体に感情はない。人間の感情が風景に色をつけているのだ。小澤の《田園》の場合、自然の風景を前にして、足どりは常に軽くなり、朗らかな感情が支配する。嵐の場面を除けば、そのさわやかな笑顔には一片の曇りもない。気持ちよく、前向きで、生命力に満ちて、エネルギッシュな《田園》だ。広い野原では、ついついスポーツなど始めたくなる。 世界中どの音楽家も口をそろえて言うことには、小澤ほどホンネで親しく付き合えるマエストロもいないという。そういう気のおけないマエストロと旅する《田園》は、とても明るく親しみやすい。 一方、序曲《レオノーレ》第3番は、丸みを帯び、やや柔和な表情を持った演奏。いかめしさよりは、ゆとりの一面を感じる。もちろん、響きはサイトウ・キネンならではの豊麗(ほうれい)さを満喫できるものだ。常軌を逸した破天荒ばかりがベートーヴェンではない。幸福感、楽天性、快活さもまた、まぎれもないベートーヴェンであると、改めて知らされるディスクと言える。(林田直樹)
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